あれから1年も経つのか。いろいろあったな。
1年前のブログを振り返りませんか、
というメールが届いて、
今に至る。
1年色々あった。
ありすぎてもはや何を語ればいいのやら。
復帰目指して頑張った。
けど1週間でだめになった。
あああの1年は無駄だったのかな、って、
思いそうになったけど、
いや、確実に1年前とは違う。
たくさんの人と関わって、
たくさん学んで、たくさん練習して、
これだけ積んできたからこその復帰。
そして復帰後の回復具合も成長具合も、
目を見張るものがある。
(自分で言うのもなんだが)
これから3年ぶりに実家に帰る。
今までの自分だったら、
帰れてなかった、
弱い自分を隠したままだった。
ドキドキとともに、
嬉しくもある。
最近、
人の温かさに触れる機会が多くて、
ありがたいとともに、
こんなに恵まれてていいのかなって、
逆に不安になるくらいだった。
幸不幸って表裏一体というか、
いいことがあったら悪いことがあるって思うから、
どんな悪いことが起きるんだろうって、
怖くなってた。
今、パッキングの途中なわけだが、
家計簿の精算、記帳を1時間半やってて、
気づいたら動悸が収まってて、目の前のことに集中してたよ。
そのおかげかパッキングでワクワクが止まらなくて、
これから帰るのが楽しみでもある。
どんな話をするかな、何の話を聞けるかな、
久しぶりだな、どんな街になってるかな、
みんな変わってないかな、変わってるかな。
逆に、自分は、
ほかの人たちから見て変わったように見えるんだろうか。
それもなんというか、感想が聞けたら楽しみだな。
さて、1年ぶりのブログもここまでとしましょうか。
最後に皆さんとの出会いに感謝。
堕ちる前に対処
前回から3ヶ月も空いてしまった。
無事リワーク通うことになり、今では生活リズムがすごく整ってきたと思う。プログラムを通して、体調がどん底に落ちきる前に自分の体調が悪くなってることに気づくのが大事だと気づいた。
また他の利用者の方が上手にコミュニケーションをとっているのを見て、感心するとともに、自分は改めてコミュ力というものがまるでないのだなと痛感した。ああなれたらなぁと羨ましく思う、憧れすら感じるわけだが、一方で無理に成れない自分に成るのではなく、自分は自分の強みを活かしていくべきなんだとも思う。自分の強みが思いつかないわけではないが、あんまり魅力的に思えないというか、どう活用していいか何に役立つのか全然わからないんだよなぁ。これから探っていきたいと思う。
無職への後ろめたさ
どこか無意識に、無職なんだから楽しんじゃいけない、病人らしくおとなしくしてないといけないっていう考えがあった。その後ろめたさが故に、友達との連絡もどこか気まずい、気を遣ってしまう。もともと気を遣ってしまうようなそんな仲じゃないのに。
対処法をいろいろ調べてみたら、そもそも後ろめたく思う必要なんてないらしい。勤労の義務というものができて、みんな働かなきゃいけないっていう思いに洗脳されてるからそう思ってしまうのだと。働けない人がいたっていいじゃないか、みんな同じじゃなくていいじゃないかと。健康な人は、大変ではあるけど楽しいから働いてるんであって、苦しみながら働いてるわけじゃないとも。
また、その罪悪感との向き合うポイントとして、休むこと、楽しむことがトレーニングと考えることだそう。確かに、休みの日まで仕事のことを考えていた自分にとって、難しいトレーニングだなと。怠けてるんじゃなくて修行をしてるんだって思ったら、少しラクになれた気がする。と同時に、楽しめるように努力するのもトレーニングなのだと思ったら、だらだら1日を過ごすんじゃなくて、前向きに物事に取り組めそうな気がする。
目的と手段
この2つの違い、混同しないようにとよく言われていると思うが、この年になってようやく違いが分かるようになった気がする。
例えば「英語を話せるようになりたい」とする。
これ(英語を話せるようになる)を目的にしてしまったら、非常にしんどい。モチベが維持できず、続かない。
目的:英語を話せるようになること
これを、「外国人と会話できるようになりたい」という目的のための、手段として英語を学ぶとしたら、英語を学ぶのはしんどくないはずだ。
目的:外国人と会話すること
そして、目的がより具体的かつ主体的、能動的(自分事)なものであればあるほど、手段を厭わないと思う。だから、よりしんどくないはず。学ぶ方向も自然と定まるし。
例えば、
「外国人とサッカーの話で盛り上がりたい」だったら、「どのサッカー選手が好きか」とか「なんで好きなのか」とか話せるようになりたいと自然と思って調べるだろう。
他にも
「現地でサッカーを見たい」とか、
「翻訳されてない海外ドラマが見たい」とかっていう動機づけがあるかもしれない。
人間嫌でも慣れるものだし、必要に迫られれば適応できる動物だ。最後の例なんか特にそうだろう。
生の声って偉大
この前の就労移行サービス体験でした意見交換が、すごく役に立っている。
例を挙げると、「あすけん」というアプリで食事記録をしているというものだ。
ネットであれこれ調べがちだが、直接人と会話することによって得られる情報は、思ってる以上に価値が高いんだなと、改めて感じた。
また、週に3回、しかも1回2時間、ジムに通っているという方がいて、「すごい!!!」と衝撃を受けたと同時に、もしかしたら自分にもできるのではなかろうかと、なぜか自信になったのであった。
完璧を求めすぎるクセ 料理編
節約のために、食費をできる限り減らしたい、という思いで、自炊しなきゃと思ってた。
それだけならまだしも、自炊に完璧さを知らず知らずのうちに求めてた。これが自炊を難しくしてる要因だった。
というわけで、自炊のハードルを下げるべく、調味料を自分で配合することをやめた。最近だと、茹でたパスタと少しの野菜に、買ってきたソースをかけて終わり。あとカット済み野菜(千切りキャベツ)を添えて、副菜を用意する手間も削除。
一部楽してるものの、自炊するクセがついた気がして、結果的に節約になってる。
「何事もできることからやってみる」
が大事ですね。
始まりの季節
今日はところどころで入学式だったのだろう。
ランドセルや新品の制服に身を包んだ新入生らしき人とその家族という組み合わせをところどころで見た。
懐かしい気持ちになる反面、自分の学生時代を思い出すきっかけになり、キラキラしてた頃の自分と今を比較して少し苦しくもなった。
そんな自分も偶然に、今日は新しい環境にチャレンジした日であった。
就労移行サービスなるものの、体験を受けてきたのだ。
結論から言うとすごく良かった。刺激になった。人と会話するのが新鮮だった。
少しは復帰に自信になった気がする。前向きになれた気もする。
がんばろう。